ミント味の彼女 | セピア色の心電図

ミント味の彼女

ガードレールの先に見える、神々しいばかりの雑多なネオンの点滅に、軽く眩暈を覚える。足取りはとてつもなく重い。

ふと足を止め深呼吸。歩道橋の手すりに寄りかかり、僕は自分の吐き出す白い息にウンザリしていた。

新宿。

人が行き交う事で、この街はどんどん汚れていく。中にはギラリと光る喜びも生れ落ちる瞬間があるのかもしれないが、それ以上の行き場のない重さが、この街の全てを相殺し、僕らを押しつぶしていく。そうして毎日毎日、循環しているのだ。


「今何時だろう」

口にしてから、その疑問のどうでもよさに酔う。既に終電を逃して、20分。タクシー乗り場まで行く気にもならない。どこかで暖が取れる場所があるだろうか。その心配をしよう。

11月14日。いや、15日。

今この瞬間、僕は新宿にいる。

スーツの内ポケットをさする。小さな感触しかない。そうだ、煙草はやめたんだった。自分自身の誓約に毒つきながら、仕方なく代わりにミント味のチューイングガムを取り出す。

そう言えば、子供の頃、ミント味だけは食べられなかった。近所のおじさんにはじめて貰って、噛んだ時の鼻に抜ける冷たさに、食べてはいけないものだと勝手に思い込んだものだ。いきなりガムを吐き出した僕を見て、おじさんも怪訝な顔をしていたのを思い出す。

僕ももうおじさんと同じくらいの年になった。32になる。結婚はしていない。彼女とは2ヶ月前に別れた。仕事はおおむね順調。来月にはフィリピンに赴任する。両親も健在だ。兄も二人目の息子が生まれた。貯金も少なからずある。明日は気になる庶務課の女の子とデートだ。お気に入りのイタリアンレストランも予約してある。

だが、なんだろう。

空虚?


ミント味の冷たい風が胸を通り過ぎる。何も触らずに、冬の新宿の空気と同化していく。

ぼんやりと下の交差点に目をやる。人通りはまだある。くたびれたサラリーマンやはしゃぎすぎのホスト。飲み会帰りの学生に、疲れきったキャバクラ嬢。そして、宿のない者達。

僕は自分が神になったような気がして、目の前にいる全ての人間たちを呪った。

「お前らはいなくて良い存在だ」

口に出してみたくなったが、途中でやめた。それはある視線にぶつかったからである。

子供。幼い少女。髪の長い、白い服の彼女。

交差点で信号が変わるのを待つでもなく、彼女は僕を凝視していた。口の中の冷たさが消えた頃、僕は視線を交差させたまま、彼女の元へ駆け出していた。


(やんわりと続く)