セピア色の心電図
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行く末

生まれたのは、東北のある港町。

潮の匂いと、人々の黒く日焼けした肌と、健やかな笑顔だけが今は思い出せる。

その場所で、僕は15歳まで過ごした。

なんなら、美しいの初恋の思い出や苦い青春の汗について語れる事はあった。でも、その事はまた別の機会にしよう。


僕がその港町を離れ、東京から30分ほどの郊外に引っ越したのは、父親の仕事の関係だった。

その頃には、都会への憧れも少なからずあったし、いつか都会で一旗挙げてやるくらいの気概は持っていた。田舎の16の少年なんて、みんなそんなもんじゃないだろうか。


僕もその一人だった。


地元の進学校へ僕は進んだ。高校へはすぐになじんだ。周りもまた、様々な中学から入ってきたメンバーだったので、妙なコミュニティは最初からなかった。みなゼロだった。


僕はそこですくすくと育つ。すくすくと成長する。


そう。あの日までは。

泥水

とてつもない驚きで息を飲む事と、酸素が足りなくて呼吸が荒くなる事は同時には出来ない。論理的に考えれば、そうだろう。

しかし、彼女を目の前にして、僕はそのありえない状態に陥っている。肩が上下しながら、片時も目を離せない。少女は目の前にいる。少女もまた、僕を見ている。

信号が青に変わった。

人の波が動き出す。少女も、ふと目線を私から外し、歩き出そうとしていた。僕ははっとして、彼女の手を掴む。

「・・・いたい」

そのか細い声を聞いた瞬間、僕は自分自身が今、している行動が常軌を逸している事に気がついた。

「ごめん!ごめんなさい!」

慌てた。どうしてこんな事をしたんだろうと悩んだが、同時に自分の行動に納得していた。

カノジョヲ ニドト ウシナッテハ ナラナイ

脳の深い部分で訴えかけられている。誰に?そんな事はどうでもいい。確かな事は僕の目の前にいる存在と、今流れている時間であるはずだ。

少女は何も言わず、ただ僕を見つめている。黒く長い髪が風に揺れ、白い手がゆっくりと僕に伸びてくる。

「あ・・」

言葉にならない言葉が口から漏れてしまう。少女は僕の眼を冷たい手で隠した。

「何もないのよ」

何が?と問う前に、僕の意識に18歳のあの時の光景が蘇る。スライドショーは、土砂降りの雨の公園。そして、横たわる僕と、口元に流れ込む泥水の味だった。


(思いつくままに続く)

ミント味の彼女

ガードレールの先に見える、神々しいばかりの雑多なネオンの点滅に、軽く眩暈を覚える。足取りはとてつもなく重い。

ふと足を止め深呼吸。歩道橋の手すりに寄りかかり、僕は自分の吐き出す白い息にウンザリしていた。

新宿。

人が行き交う事で、この街はどんどん汚れていく。中にはギラリと光る喜びも生れ落ちる瞬間があるのかもしれないが、それ以上の行き場のない重さが、この街の全てを相殺し、僕らを押しつぶしていく。そうして毎日毎日、循環しているのだ。


「今何時だろう」

口にしてから、その疑問のどうでもよさに酔う。既に終電を逃して、20分。タクシー乗り場まで行く気にもならない。どこかで暖が取れる場所があるだろうか。その心配をしよう。

11月14日。いや、15日。

今この瞬間、僕は新宿にいる。

スーツの内ポケットをさする。小さな感触しかない。そうだ、煙草はやめたんだった。自分自身の誓約に毒つきながら、仕方なく代わりにミント味のチューイングガムを取り出す。

そう言えば、子供の頃、ミント味だけは食べられなかった。近所のおじさんにはじめて貰って、噛んだ時の鼻に抜ける冷たさに、食べてはいけないものだと勝手に思い込んだものだ。いきなりガムを吐き出した僕を見て、おじさんも怪訝な顔をしていたのを思い出す。

僕ももうおじさんと同じくらいの年になった。32になる。結婚はしていない。彼女とは2ヶ月前に別れた。仕事はおおむね順調。来月にはフィリピンに赴任する。両親も健在だ。兄も二人目の息子が生まれた。貯金も少なからずある。明日は気になる庶務課の女の子とデートだ。お気に入りのイタリアンレストランも予約してある。

だが、なんだろう。

空虚?


ミント味の冷たい風が胸を通り過ぎる。何も触らずに、冬の新宿の空気と同化していく。

ぼんやりと下の交差点に目をやる。人通りはまだある。くたびれたサラリーマンやはしゃぎすぎのホスト。飲み会帰りの学生に、疲れきったキャバクラ嬢。そして、宿のない者達。

僕は自分が神になったような気がして、目の前にいる全ての人間たちを呪った。

「お前らはいなくて良い存在だ」

口に出してみたくなったが、途中でやめた。それはある視線にぶつかったからである。

子供。幼い少女。髪の長い、白い服の彼女。

交差点で信号が変わるのを待つでもなく、彼女は僕を凝視していた。口の中の冷たさが消えた頃、僕は視線を交差させたまま、彼女の元へ駆け出していた。


(やんわりと続く)

詞的メモ

Love will tear us apart

When routine bites hard
and ambitions are low.
And resentment rides high
but emotions won't grow.
And we're changing our ways
taking different roads.

Love, love will tear us apart again.
Love, love will tear us apart again.

Why is the bedroom so cold
turned away on your side?
Is my timing that flawed
our respect run so dry?
Yet there's still this appeal
that we've kept through our lives.

Love, love will tear us apart again.
Love, love will tear us apart again.

Do you cry out in your sleep,
all my failings expose?
Gets a taste in my mouth
as desperation takes hold.
Why is it something so good
just can't function no more?

Love, love will tear us apart again.
Love, love will tear us apart again.
Love, love will tear us apart again...

joy division

降ったり病んだり

雪霙雨霙雪霙雨霙雪霙雨。

白い息を通して、一つ一つの塊が目の前を通り過ぎていく。僕はいつしかそれらを数え始めた。1・・・2・・・3・・・。

50に届くか否かで、キョウコの声が割ってはいる。

「貴方は、このままでいいのね」

ついに僕らの関係に、一つのフラグがたった。目の前にあるのはyes or no でしかなく、僕は一つの進み行く点になった。

「・・・そうだな」
「うん・・・」
「僕は・・」
「その・・・」
「何か・・・」
「・・・でも」
「そう・・」

電話は切れていた。進み行く点は転落する。雪もまた落ちる。

くしゃみが出た。風邪をひいたかもしれない。なんだろう。これはなんだろう。どうしたんだろう。どうしてなんだろう。僕は。彼女は。彼は。

僕は。

一通り考えをめぐらせたところで、電池の少なくなった携帯に手を伸ばす。アドレスを探し、その番号にかける。

「もしもし、かあちゃん?あのさ、明日早いんだわ、起こしてくれるかな。・・・うん、そう。6時半に。うん。大丈夫だよ、起きるって」

じっとりと濡れたコートが重い。明日の朝までには乾かないだろう。

それも仕方ない。僕はポストを覗いて、新聞を取り出して、階段を駆け上った。

(続かせたいのか?)

(インターローグ)インターネットと私

カタカタカタカタカタカタカタカタ。

キーボードを叩く音というのは、なんと心地い音だろう。人間工学、聴覚構造学?(そんなものがあるのかどうか知らないが)とにかく、指が進む。

全世界で何人の人が同じ様に、四角い箱の前で夢を見ているのだろう。同じ夢を見ながら、僕らは当てもなく、電気仕掛けの船で、バーチャルな海原を進んでいく。

カタカタカタカタカタカタカタカタ。

その先では誰かが居て、僕はそこに寄っていくか否かの決断ができる。リアルの世界では、聞き耳を立てても、聞こえない事ばかりだ。無視だってされる。

しかし、この世界では違う。ほっといても聞こえる。むしろ言ってくる。もっと言えば、漏れてくる。

カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタJ方カタカタ。


はあ、きもちわりー。

そうしてたのは、僕?

大概、電話の呼び出し音は10秒以上鳴れば、切れる。相手の事を思って掛ける訳だから、その10秒間で「今電話に出れない理由」が思い当たる。それが自然なはずだ。

キョウコのは不自然だった。

もう何秒たったろう。僕は留守電設定にしてないから、ずっと鳴り続けている。これは「僕が電話に出ない」という選択肢を考えていない。という事になる。躊躇するだけに足る数秒間だった。

「・・・もしもし」

「あーもしもし?出るの遅くないですか?あのー・・・」

・・・思いつめた声ではない事に、ほっとしたりがっかりしたり、僕も忙しい人間だ。

会話の内容を総合するとキョウコは斎藤の最近の行動に疑問を抱いているようだった。凄く楽しそうに趣味の絵画の話をしたかと思えば、昼間食べたランチの値段の高さに憤ったり、なのに今度そこに行こうと誘ったり、とにかく支離滅裂なのだそうだ。その事をキョウコも一気にまくし立てるものだから、僕の頭の中も支離滅裂なままだ。

「うん、で、それでどうしたいんだい?キョウコは」

「うん・・・そうね・・・それなのよね・・・」

トーンダウン。

この辺は、斎藤と付き合うようになって、ついてしまった癖だろう。あまりいものではないような気もするのだが、本人は良く分かっていないだろうなと思う。


沈黙は続く。車が一台、公園の脇を抜けていく。


「貴方はどうしたいの?」

「・・ん」

図らずも、驚いた声が出てしまったかもしれない。しまったと思った。いずれこんな時がくると思っていた。その為の声のトーンや台詞を考えていた時があった。

彼女や斎藤は、自分のことしか話さない。僕の事を聞こうともしない。それが嫌味でも、自己満足でもなく、自然だと考えている節がある。僕もそうした関係性の人のほうが、これまで上手く繋がっている。

だから、いつか、その均衡が崩れ、全ての矛先が僕に向くときがくるのではないかと思っていた。今がそのときだった。

どうする。

(続けるのかもしれない)

寝転んだり、歩いたり

彼女の話を聞いたのは、日にちが丁度変わる頃だった。

斎藤はその後、飲めない酒を煽りながら、長々と自分語りを始めた。最終的には転職する決意が固まったという事になっていた。

彼女の話じゃなかったのかよ。僕はその呆れ具合を隠しながら、彼を近くの駅まで送り、自分も帰路についた。

果たして、先ほどまでの時間はなんだったのだろう。後を引きずらない後悔とともに、足早に家に急ぐ。

丁度、家の前の公園の前に差し掛かった頃、携帯電話の呼び出し音が鳴った。

僕は家についてから電話に出ればいいかと思い、公園を跨ごうとしたが、着信の相手を見てとどまった。斎藤の彼女、キョウコからだった。


キョウコを斎藤に紹介したのは、僕だった。彼女は大学時代の一つ下の後輩で、同じゼミに所属していた。中々聡明な子だという認識以外もっていなかったが、ある時の飲み会で、同じヒップホップのアーティストが好きだという事が分かり、僕らは少しゼミ生とは別のところで、関心を持つようになった。


「私はベースの音が好きなんです。ライムの下に隠れる音が好きなんです。言葉の意味とかメッセージ性を、本当に支えているのがベースの音なんです」


僕はまあ、同意したような、お茶を濁したような、とにかく分かった様なふりをして、彼女の笑顔を促した。

僕は彼女の事が好きになった。

そのアーティストの来日ライブが有明の方である。その事を教えてくれたのは斎藤だった。チケットを取ってもらい、その受け渡し場所で彼らは出会った。

僕はいなかった。今から思うと、なんて強がってしまったのだろう。とにかく、二人で出歩いてしまったら、僕は僕に歯止めが聞かなくなると思ってしまったのだ。さらに、会うのが高校からの友人、斎藤ならなおさらの事だ。キョウコとの間柄を、僕はもう一度、認識するチャンスを得てしまう。

そう思って、待ち合わせの場所のメモをキョウコに渡し、僕は足早に駅に向かった。もう、5年も前の事になる。


彼女の電話は切れる事無く、僕の手の中で鳴っている。僕は親指でそのボタンを押した。

(続くのか?)

歩いたり、寝転んだり

「彼女の姿を見ていると、僕の気持ちが翻弄されているのがわかるよ」


斎藤はそういうと、2本目の煙草に火をつけた。手が悴んでいて、上手く火がつかない。数回目の指の動きで、ようやく胸いっぱいに煙を吸い込む。

彼は目を瞑って、静かに話し出す。

「僕はずっと彼女のそばにいるし、これからもそれは変わらない」

僕は細かく頷いて、話を促す。

「ただ、僕が彼女をしあわせにするのではない。そう分かってしまった様な気がするんだ」

「考えすぎじゃないのか」

僕は間髪いれず、そう答えた。斎藤の悪い癖だ。結論を急ぐ割に、彼の気持ちは全く決まっていない。その後の話の長さでよくわかるのだ。

「うん」

「僕は君が彼女を深く愛している事を、知っているよ」

「うん」

「君が今言った彼女のしあわせは、君によってしか与えられないものだと思う」

「うん」

「・・・うん」


僕も煙草に火をつける。斎藤は僕の一連の動作を見守っている。

なんなんだろう。彼はどうしたいのだろう。僕はどうすればいいのだろう。・・・どうでもいい・・・はなしだろう。

(続くかも)

全て抱いて、今は飛べ

深呼吸すると、胸の底が痛くなる。

ずっと触れずにいた自分の闇に直面し、彼はその場で立ちすくんでいた。僕は彼の横顔を見て、笑顔とも泣き顔とも取れない表情をしていたと思う。僕も途方に暮れていた。

そばにあるものは、あったものに変わり、そばにないものは、なかったものに変わる。それだけが全ての根源である。

だからといって、何を悲しむ必要がある。何を笑う必要がある。その存在を認め、受け入れて初めて、僕らは時間の流れに逆らうのだ。


・・・と、書きながらコーヒーをすする。ああ、分かったようなふりをまたしていると、ボクはため息をつく。

カレはもうそばにいない。朝だけがそばにあった。